【プノンペン】シーセフカンボジア・ビジネストレーニングセンター 土居 清美(どい きよみ)

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日本にて

1981年、大学を卒業しリクルートに入社した。入社後は新卒向けの雑誌など、企業向けの広告営業を8年間、その後3年間は人事・広報・教育などを担当した。もともと10年で辞めようと考えていた。しかし1988年に戦後最大の贈収賄事件と言われたリクルート事件が起こった。そんなタイミングで会社を辞めるのは卑怯だと感じ、続けていた。結局1993年まで11年間務め、退社することにした。

国際見本市の会社からお誘いがあり転身したが、環境関連の仕事で独立したいという思いから「軒下個人事業」をスタートした。 個人販売代理店として省エネルギー機械の販売業であったが、当初は全く売れず、苦しい日々を過ごしていた。少しずつ販売数が増え、またスタッフが増えるにつれ、メーカーからは会社としてやってほしいとリクエストが来た。大手ブランド商品の取り扱いを開始し、いつの間にかスタッフは40人を超えていた。2年間、取扱い商品に関しては日本一、業績も良く利益も上がっていた。

2000年頃からは自社商品の開発を開始した。自分たちで商品開発、企画を行い、新製品を開発した。特許も二つ取得し、商品もよく売れた。またNTTを含む大手企業にも採用された。商品開発にはかなりの資金が必要であったが、資金を集め、製造体制を整えた。いつの間にか国内拠点も6ヵ所となり、上場を目指して頑張っていた。業績は右肩上がであった。

しかし、2003年に自社製品に不良品が発生し、リコール対象となった。エアコンの誤動作が問題となったが、どうしてもその原因が掴めなかった。改修は出来ず、そこから1年半で会社をたたむことになった。

苦しかった。倒産したとはいえ、商品もあり、実績もあった、きちんと改良できればという事で、取扱い代理店会社が社員の半分を雇ってくれ、新しい会社を興すことになった。特許は会社に残し、業務はそのまま引き継いでもらった。(現在はその商品の改良も終了し、大手スーパーなどでも採用され、業績は上がっている)

自分自身は、会社の倒産処理を行い、約4ヵ月間は退職社員の次の職場を探すことになった。

2006年、社員研修を主業務とする会社に入社することになった。社員教育、人材育成の会社であったが、縁あってカンボジアに日本語学校を作ることになった。

 

 

カンボジアに赴任、そして東日本大震災

 

退職し、次のステージに

(こちらの記事は書籍版でご紹介しております)

 

 

日本の若者へ

日本には良い所もいっぱいあるけど、良くない所もいっぱいあります。そして日本が忘れているものがこの国にはまだあります。幸せとは何か?みんな幸せになりたいはず。でもそのために一生懸命働いて、結果不幸せになっていることがある。一生懸命勉強して、働いて、それで自殺する。

「日本では年間3万人が自殺しているがその理由は何ですか。他の国と較べても、いろんな面で恵まれているのにどうしてですか?」

カンボジアの生徒から毎年同じ質問を受けてきましたが、毎回きちんと回答することができないでいます。彼らにとって、憧れの国なのに、そこに住む人々はなぜか自殺していく。

そんな風にならないために、日本の若者には、カンボジアや他の開発国に住んでみてもらいたいです。ただの観光だけじゃ、意味はない。そこに住んでいる人達と触れ合って、生きた学びをして欲しいです。みんな生き生きしていて、貧しいのに幸せに溢れています。日本ではもはや感じられないものが感じられるはずです。中年を過ぎて海外生活を始めた私が伝えたいのはこの事です。

恵まれ過ぎた日本から飛び出して、本人の価値観をがらっと変えられればと願って止みません。

 


 

 

土居 清美 (どい きよみ)   

出身: 福岡県北九州市

学歴: 山口大学経済学部卒業

職業・業種: CIESF Business Training Center Director

座右の銘: 自ら機会を創り出し機会によって自らを変えよ

趣味: 将棋、合唱、水泳

カンボジア歴: 2007年4月より在住

ウェブサイト: https://www.facebook.com/kiyomi.doi.3

 

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