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カンボジアとの出会い

2002年3月、大学の卒業旅行を兼ね、アンコールワットを描くためにカンボジアを訪れることにした。美術教師に憧れていた事もあり、様々な場所でずっと絵を描き続けていた。

バンコクでのトランジット、たまたま知り合った日本人カメラマンから、すでにシェムリアップに到着していた写真家の藤井秀樹先生を紹介してもらった。そして先生から紹介されたのがアキラ地雷博物館(以後、博物館)であった。当時の博物館は、トタン屋根の簡素な造りであり、棚の上には撤去された地雷が無造作に置かれていた。その雰囲気に圧倒されている自分に右足のない少年が木の実をくれた。そして無邪気に笑い、松葉杖をつきながら、すぐ隣の空き地で行われていたサッカーへと戻って行った。強い衝撃だった。遺跡を観光し、アンコールワットを描いても、その少年が頭から離れることはなかった。約1週間という短い滞在を終えて帰国。その後、大学院へと進むもののカンボジアでの事が頭から離れる事はなく、カンボジアへの想いは日々強まっていた。

半年後、再びカンボジアに行くことにした。目的は少年のいた博物館であった。日本の知り合いのつてから、アキラ氏の家でホームステイをさせてもらえる事になった。アキラ氏は大きな団体には属すことなく個人で黙々と地雷除去活動を行っていた。すごい人だと思った。自分にはいったい何が出来るのか、深く考えるようになった。

アキラ氏と共に地雷原に行くことがあった、マラリアなどの病に苦しむ人々、子供たちを目の当たりにした。それを機に、日本でも講演会活動を行い、古着などをカンボジアの農村部へと運ぶ活動を開始。定期的にカンボジアに訪れるようになった。

2003年、シェムリアップから少し離れた村で、寺の一画を借りて行われている授業を見る機会があった。老朽化の進んだ小学校の校舎はスコールで倒壊し、村では新しい校舎が切望されていた。社会人となり、若干お金に余裕があったこともあり建設費を村長に渡し帰国。その後、カンボジアに来るたびに、日本から預かった衣類や文房具などの支援物資をその学校に運ぶようになった。

「心の病」から救ってくれたカンボジア
初等教育の底上げを目指した、教材開発

(こちらの記事は書籍版でご紹介しております)

 

教育者として。自分の意識とメッセージ

教育者として強く訴えたいことは、教育は児童のみならず、全ての人間が平等に受ける権利を持っているということである。たとえ、戦争などの問題があったとしても、「教育の力」を信じて、体が動く限り活動を続けていきたいと思っている。

カンボジアで生活を始め、様々な人たちとの出会いの中で、多くの事に気がつき、反省もしてきました。中でも、「相手のため」ではなく、「相手の立場」で考えることの大切さに気がつきました。「相手のために」と考えると、どうしても自分の主観やエゴが入ってしまい、本質を見誤ってしまう恐れがあります。そんな状況で、今まで自分の信じる道を歩んでこれたのは、「二つの勇気」があったからこそです。誰になんと言われようと、己の信念を曲げない「貫く勇気」と、最終目標にたどりつくため、恥を忍んで潔く「変える(軌道修正する)勇気」。軌道修正をしたら、ゴールに向かい貫いていく。その二つの勇気を支えてくれる「判断基準」。それは「出来る、出来ない」ではなく、「するか、しないか」という単純なもの。熟考した後、それでも迷ったら、「する」を選ぶ。行動を起こした後にのみ、結果はついてくる。それが、良い結果であれ、そうでない結果であれ、それをきちんと受け止め、分析していけば、必ず次のステップへと繋がるもの。私は、これからも己の信念を貫き、信じて精進するのみです。皆さんとシェムリアップでお出会い出来ることを楽しみにしております。

 


 

 

松岡 秀司 (まつおか しゅうじ) 

年齢: 34歳

出身: 兵庫県

職業・業種: アンコール大学初等教育研究所所長、同大学日本語学科長

座右の銘: Why not the best?

趣味: 新しい教材開発に向けて調査活動

カンボジア歴:2002年3月初訪問、2007年8月末より在住

ウェブサイト: http://www.angkor.edu.kh   / www.facebook.com/shuji.matsuoka.7

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