【住めばカンボジア】伊東 邦将さん

住めばカンボジア

プロ野球ではなく 世界へ出ることを選びました
【ハッピースマイルツアー・居酒屋 大 / 経営者】

初めてカンボジアに来たのはいつですか?
1999年3月。22才の時です。

カンボジアに住むことになったきっかけは?
日系旅行会社のカンボジア支店に就職したからです。
本当はタイに行きたかったのですが、タイでの採用がなく「隣りのカンボジアでいい?」と言われまして。タイ以外の場所は嫌だと断ってると、結局日本から出れないんじゃないかと。
それであれば最初にチャンスをくれたところに行こう、それはどこでもいいと思いました。
それがたまたまカンボジアでした。

実際に住み始めたのはいつ頃からですか?
最初に来た1999年からで、プノンペンでした。
当時は毎日銃声を聞いていました。
5か月くらいたった時に、住んでいたホテルで大きな爆発があり、かなり揺れました。
現場を見に行ったら大きな穴があいていて、新聞を見たらプラスチック製時限爆弾が仕掛けられていた。
これはアカンと思い、シェムリアップに異動願いを出したらOKが出てほっとしました。
ただ当時シェムリアップに支店がなかったので、結局のところシェムリアップ支店を立ち上げることになりました。
そこで人をたくさん雇い業務がまわるようになったので、次は自分で独立しようと。

海外で旅行会社をするなら、日本の旅行業界の仕組みをきちんと知らないといけない。
独立準備のため2年ほど帰国しました。
日本では、手配から営業からとにかく何でもさせてもらえるようなあえて大きくない旅行会社を選びました。
さらに添乗業務もしていましたので、カンボジア、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナム、マレーシアと毎月のようにお客様をご案内していました。
当時の経験と、そこで出会った人や会社との関係が今の仕事につながっています。

カンボジアに来る前は、何をしていましたか?
ずっと野球をしていました。
香川県の尽誠学園で甲子園に投手として出場し、大学でも神宮大会に出場。将来はプロ野球選手になると言う夢もありましたが、「ランドオペレーターになって海外に住みたい」と決めていたので、野球を辞めて、語学留学のためオーストラリアへ渡豪。
その後バックパッカーでアジアをまわりました。
帰国してから日本で一般旅行業務取扱主任者(現・一般旅行業務取扱管理者)を取得して、カンボジアに来るきっかけになった海外支店のある旅行会社に就職しました。

どうしてランドオペレーターになろうと思ったのですか?
中学生の時に家族旅行でハワイに行き、大手旅行会社のツアーだったのに現地では違う会社の方に案内されて〈ランドオペレーター〉という業種を知り、こんな仕事があるのかと感動したからです。
将来ランドオペレーターになって海外に住むことをその時に決意しました。
ランドオペレーターとは:
旅行会社の依頼を受け、現地のホテルやレストラン、ガイドやバス・鉄道などの手配・予約を専門に行う会社のこと。

仕事はどういったお仕事ですか?
今までずっと旅行会社です。
他にもいろいろしてきましたが、到底ここには書ききれません。
※ 年表が一番下にあります!

今は、旅行会社と居酒屋がメインです。
旅行会社は、一般のレジャーマーケットをもちろんですが、主にテレビコーディネーターやイベント、ボランティア・スタディツアー、組合・企業の団体研修等に特化しているという特徴があります。

居酒屋は、串焼きから、丼もの、ラーメンなどメニューが豊富で、ランチ&テイクアウトもしています。
お店のメニュー&レシピは自分で開発しています。もともと料理が好きなので。
ホールに立って接客しつつ、オーダーが入れば厨房に入りシェフになり、同時にスタッフ教育もしています。

あとNGOも運営しています。

どうして居酒屋をやろうと思ったのですか?
昔から居酒屋が好きで『いらっしゃいませ~』って言いたかったから。
それで7年ほど前にラオスで【居酒屋・大】を作り現在も運営しています。
コロナで旅行会社の仕事が減少し移動も困難な現状で、シェムリアップでできることを考えました。
ゼロよりも1と言う事で、2021年2月22日に【居酒屋・大】シェムリアップ店をオープンさせました。

どんなNGOを運営しているのですか?
Smile for All OrganizationというNGOです。
カンボジアは他の国の人たちが援助してくれている現状があるけれど、将来は、カンボジア人がカンボジア人を助ける。そんな世の中にしていかないといけないと社員教育をしてきました。
井戸掘りや学校・図書建設は前から、今までずっとしてきています。
井戸が500本くらい、学校も図書館も4~5校建てています。
今は新しい問題、環境・ごみ問題に取り組んでいます。
ゴミは分別して、燃えるゴミは高温で焼却すれば有害物質を出さないので仕分けして燃やす。
小学校に行って【3S(整理・整頓・清掃)】を教えながら、小型焼却炉の普及のため動いています。

仕事での苦労話などはありますか?
「人」と「金」

これはビジネスに関わらずだと思います。
人に苦労しますが、人に救われてもいます。

ビジネスをするなら、苦労とか大変なことがあるのは当たり前ですから。
基本受け止めるようにしています。

伊東さんに会いに多くの方がいらっしゃいます!

カンボジアでの生活はどうですか?
昔と違いある程度何でも手に入るようになりました。
カンボジアは人が良いですし緑も多い。住んでいてストレスもないし、人の暖かみを感じる事が出来る場所ですので生活するのに最高です。

コロナの状況で気を付けていることは?
マスク着用、アルコール消毒、常に検温。
仕事以外は、ほぼ出歩かないようにしています。

コロナの今どのような生活をしていますか?
せっかくもらった時間ですから、子供との時間を大切に過ごしています。
アフターコロナはもうないと思いますが「WITHコロナ時代」になると、また仕事で子供たちとの時間が無くなると思いますので。
今この時を楽しく過ごすことだけ考えて生活しています。
ただちょっと長いなぁ、と思っています。

今後の展開はなんですか?
旅行会社においては、今まで自社が得意としている顧客に沿ったものに特化していこうと考えています。
シェムリアップでの居酒屋業務は、今がスタート。飽きないメニューと店づくり。
今はマーケットが日本人ですが、今後は欧米人やカンボジア人にも来て頂けるようになりたいですね。

プライベートでは、娘2人が結婚するまでちゃんとした格好でいたい。
すなわち、太らず、はげず・・・あと10年くらいは、そうありたいです。

旅人に向けてメッセージをお願いします。
素晴らしいアンコール遺跡と、それに匹敵する人の素晴らしさを存分に楽しんでいただきたいです。
その時は居酒屋大にも、いらっしゃってくださいね!
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※日々の様子を【YouTube】で配信中!
くにちゃんネル

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Name 伊東 邦将
Kuniyuki Ito
Born 大阪府 四条畷市
Age 45
Birthday 1976年4月20日
Work Happy Smile Tour/
Japanese Izakaya DAI
オーナー
Hobby スポーツ全般
座右の銘 ない。常に思いつきだから。
Tel 012 895 123
Mail ito@happysmiletour.com
Web https://www.happysmiletour.com/
FB kuniyuki.ito.3
Instagram itokuniyuki
YouTube くにちゃんネル


※ 伊東さんの年表

学歴  
1995年 尽誠学園高等学校卒業
※ 1994年 選抜高校野球大会に投手として出場
1995年 大阪学院大学入学
※ 1995年 明治神宮大会に出場
1997年 オーストラリアに留学
1999年 一般旅行業務取扱主任者取得
【現・一般旅行業務取扱管理者】
職務経歴  
1999年 カンボジアで日系オペレーター勤務
2000年 大阪で旅行会社勤務
2002年 カンボジア・シェムリアップにHappy Smile Tour設立
※ ビエンチャン、ルアンパバーン支店、ヤンゴン、プノンペン連絡事務所
主にテレビコーディネートやイベントを手掛ける会社
2007年 ラオスにLaos Japan Research and Consulting設立
2012年 アルメニア共和国に Apricot Travel 設立
※ 2015年にクリミア紛争やISの影響を受けクローズ
2012年 ラオス・ビエンチャンにJapanese Izakaya Dai オープン
2015年 カンボジア・シェムリアップに A TO C TRAVEL Co., Ltd. 設立
2018年

本田圭佑がオーナー Soltilo Angkor FCとスポンサー契約

2019年 NGO法人・Smile for All Organization設立
2020年 シェムリアップにて、バートラック運営
2020年 プノンペン連絡事務所クローズ(コロナ)
2020年 A TO C TRAVEL Co., Ltd. クローズ (コロナ)
2021年 居酒屋大・シェムリアップ店オープン
2021年 ルアンパバーン事務所クローズ (コロナ)

 

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