関係する日本人

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【プノンペン】SBIロイヤル証券会長兼プノンペン商業銀行取締役 宗 英一郎(そう えいいちろう)

日本からカンボジアに1998年、大学を卒業し大手銀行に入行。融資業務を主に行い、都内で中小企業から大企業まで担当していた。行内の非英語圏留学制度に応募し、韓国の大学に語学留学し、ソウルに2年半ほど駐在していたこともあった。2006年に現在の...
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【プノンペン】フォーバルカンボジア代表取締役社長 神山 英生 (こうやま ひでお)

日本で高校を卒業して4年間、一般企業で経理の仕事をやっていた。しかし、高卒入社した自分の将来をこの会社に当てはめてシュミレーションしてみると、たぶん30歳ぐらいで係長になり、それから先を含めて、想定される給与を計算すると、自分の将来が見えて...
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【プノンペン】プノンペン経済特区社CEO 上松 裕士(うえまつ ひろし)

フィリピンと日本で大学2年生の夏休み、フィリピンルソン島北部、棚田が有名な山岳少数民族の村でのホームステイキャンプに参加した。その体験はあまりに衝撃的であり、帰国後に大学を1年休学して再びフィリピンに戻った。大学を卒業する頃、日本はバブルで...
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【プノンペン】パナソニック・カンボジア事務所所長、2013年度カンボジア日本人商工会会長 近藤 秀彦 (こんどう ひでひこ)

日本勤務時代1980年、松下電器産業(現パナソニック)に入社。そして、電子レンジ事業部国内営業、海外営業を経験し、1994年にアジア大洋州本部商品企画部勤務となった。電子レンジの営業・マーケティングで培ってきた実需起点の発想、消費者ニーズの...
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【プノンペン】認定NPO法人サイド・バイ・サイド・インターナショナル・カンボジア事務所所長 佐々木 明子 (ささき あきこ)

初めてのカンボジア初めて訪問したのは2006年10月。現在所属している団体で本格的に働くようになり、カンボジアの公立病院等に送った救急車や医療機器などがどうなっているか、どう使われているのかを確認するための視察であった。カンボジアでは、まだ...
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【プノンペン】伝統医療コーディネーター 高田 忠典(たかだ ただのり)

日本から世界に長崎県で生まれた。ずっと自分は地元で生きていくんだろうと思っていた。だからこそ、一度東京を知りたかった。そんな気持ちで東京に出ることにした。せっかくなら地元では取れない資格を取る。そう思って国家資格であった柔道整復師の専門学校...
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【プノンペン】NPO法人 メイクザヘブン・カンボジア 楠 美和 (くすのき みわ)

ブランド物好きの日本女子短大で幼児教育を学んでいた。1997年に卒業し、幼稚園教諭を3年、その後保育士を1年、そして2001年からベビーシッターを6年間やってきた。ブランド物が好きで、衣類や小物やバッグなど、身に着ける物は全てブランド品で固...
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【プノンペン】シーセフカンボジア・ビジネストレーニングセンター 土居 清美(どい きよみ)

日本にて1981年、大学を卒業しリクルートに入社した。入社後は新卒向けの雑誌など、企業向けの広告営業を8年間、その後3年間は人事・広報・教育などを担当した。もともと10年で辞めようと考えていた。しかし1988年に戦後最大の贈収賄事件と言われ...
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【プノンペン】公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA)職員、カンボジア日本人会会長 手束 耕治 (てづか こうじ)

日本から海外に子供の頃は、外国航路の船員になりたかった。父親は日本各地の港に行き、夏休みや春休みには母親と一緒に父親の住む港町に遊びに行っていた。それぞれの港には、その土地独特の文化があり、どんどん自分の見聞は広がっていった。異文化に触れる...
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【プノンペン】シーセフカンボジア現地代表、副理事長、元カンボジア大使 篠原 勝弘(しのはら かつひろ)

カンボジアに大学を中退し外務省に入省した。外務省と言えば、堅苦しいイメージがあるが、概して自由な雰囲気がある。採用試験という事もあり、大学中退で入省する人も多い。初めてカンボジアに来たのは1967年7月であった。研修生として、3年間の予定で...