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デビューからの模索

子供の頃の夢。それは4歳の頃から変わらず「ピアノの先生」であった。学生時代もずっと音楽を中心に生活をしてきた。

2003年、21歳、大手レコード会社でメジャーデビューすることが決まった。女性2人のユニットとして2年間の契約が纏まったのだ。一枚目のCDを制作し発表。その頃から、仲の良かった二人の間にすれ違いが生じていた。「表現性の違い」。そんな一言で終わらして良かったのかどうかは分からない。でもユニットは解散した。CDを一枚出したという達成感で、お互い気が緩んだだけだったのかもしれなかった。ただ、今改めて考えても、その時、お互い無理をしながら活動を続けなくて良かったと思っている。

解散後、カナダに行くことにした。音楽を続けていく上で、英語をきちんと勉強しておきたかった。カナダでは英語学校へ行き、旅をしながらファームステイをしたりした。半年ほど経った頃、肉親の不幸があり日本へ帰国することになった。

日本に戻ったタイミングでちょうど募集が始まっていたピアノ講師の試験を受けてみた。結果は1ヵ月後に出る。それまでの間、カンボジアに行ってみようと思っていた。

 

ネットで見つけたカンボジア。そしてバンド結成
今、行っている3つの活動

(こちらの記事は書籍版でご紹介しております)

 

今の意識と若者へのメッセージ

私が良かったと思う事、それは8年前の何もなかったシェムリアップで、20代の前半を過ごせたことです。それでどこででも生活ができる自信がつきました。

自分自身、この国にあまり居座りすぎても良くないんじゃないか、と思っています。特に私の分野は音楽文化なので、外国人である私が長く深入りしてしまうのは彼ら独自の成長を妨げるのかもしれないと悩むことがあります。

今在住9年目なんですが、そろそろカンボジアの人々に任せられたらと考えています。でもそれまでに、カンボジア人と外国人、みんな一緒にハレルヤの合唱をやりたいと思っています。なかなか賛同者がいない状況ですが、ずっとそのチャンスを狙っています。そしてシェムリアップから世界へ自慢できる音楽イベントを立ち上げたいですね。

最近、日本の学生と交流する機会が増えたんですが、思うことは、何でも恥ずかしがらずに、飛び込むという事の大切さです。言葉でも行動でもそうなんですが、とりあえず何もしないというのは、やって失敗するよりもずっと残念なことという事を覚えておいてください。

とりあえず、カンボジアは凄くいいところです。何度でも来てください。

 


 

 

浦田 彩(うらた あや)

出身: 大阪府

学歴: ヤマハ音楽院

職業・業種: 音楽普及活動MILO代表、ピアニスト、音楽講師

座右の銘: 楽譜に書かれてあることは出来て当然、作曲家の心を読み取るのが音楽である。これは恩師の言葉ですが、今では「言われたことは出来て当然、その心を読み取るのが仕事である」と置き換えて普段の生活でも気にかけています。

趣味: 家庭菜園、各国の友人とお互いの文化の違いをディスカッションすること

カンボジア歴: 2005年初訪問、2006年春より在住

ウェブサイト: http://milo-music.org/

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