【シェムリアップ】アンコール日本人会会長、一二三日本語教室学校長、国際日本文化学園理事長 鬼 一二三(おに ひふみ)

関係する日本人

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花嫁はケニア行き

小学校の頃からお嫁さんになることが夢であった。短大を卒業して、社会に出てもその夢は変わらなかった。一流電子機器メーカーに入社しOLとして働らく日々となった。

入社後しばらくして、好きになった男性と結婚。当時の日本では結婚イコール寿退社と言う時代であり、共働きという発想はそれほど多くはなかった。自分自身、寿退社をするものだと思いこんでいたが、「なんで辞めるの」と言う夫の一言で会社に残ることとなった。そして子供ができ、出産。今度こそ退社かと思うも、「君の人生は僕のためでも、子供のためでもないよ」と言う夫の言葉から、会社で初めて育児休暇を申請した女性となった。

1990年、無事に男児を出産し育児休暇も終了する頃、国際支援の仕事をしていた夫が仕事でケニアへ行くことが決まった。そのため、育児休暇中に退社となった。自分としてはそんな中途半端なことはしたくない。しかし、結婚した以上どこまでも夫についていくと決めていた。そして、1歳に満たない息子を連れてケニアに行くことになった。

東アフリカで一番大きな都市ナイロビに到着した。当時のケニアは治安は決してよくはなかった。それでも在住日本人は千人近くいた。日本人会に入り、様々な日本人と交流した。パーティー、食事会、コーラス会、ベビー会等、楽しみながら情報交換ができた。海外に来たばかりの同胞を温かく迎えてくれる日本人コミュニティーの大切さを深く感じていた。

それとは別に、ケニアで学んだこと、それは人を「使う」という事であった。「使う」と言うと表現は悪いが、自分より年上の現地人にきちんと指示を出し、いろんなことをやってもらうという事の大切さであった。もちろん後進国でという条件もつくが、海外でやっていく上で覚えなければならない大切なことの一つであった。

 

一二三日本語教室誕生
離別と再会

(こちらの記事は書籍版でご紹介しております)

 

今後の自分の挑戦

今のモットーは「生涯学べ」です。ケニアにいた時代から、ずっと通信大学で勉強を続けています。教育学部で幼稚園、小学校教諭、司書などを学びました。海外在住という事もあり時間をかけながらもそれぞれ卒業し、現在は社会教育主事を学んでいます。また、語学では英語、クメール語、スワヒリ語、フランス語などもかなりのレベルで話せるようになりました。

嬉しいことは、自分の教え子が成長したと感じたときです。日本語を使って頑張って仕事をしている場面、日本語スピーチコンテストでの受賞、日本への留学など、様々な形で彼らの成長を見てきました。

そして、今後やっていきたいことは、今使用している校舎を完成させ、日本に行きたい教え子を行かせてあげたい。そして、カンボジアの教育で不足している算数の教室、地方の子供たちへの移動図書館の実現などですね。

カンボジアではお年寄りが若者をリードして活躍しています。そして、若者は年配者を尊敬しています。家族の時間を大切にし、仕事は後回しとなる国民性。日本と較べてどっちが良いのか分からないけど、個人としてはこの選択は大事なことだと思います。

この国に訪れる日本人に伝えたいこと、それは日本に憧れを持っているカンボジアの人たちをがっかりさせないでほしいという事です。観光でも仕事でも、他人の国に来る以上、きちんと礼節をもって、そこにいる人々に接してほしいと思います。

 


 

鬼 一二三(おに ひふみ)

出身: 東京都

学歴: 都立立川短期大学家政学科卒業、玉川大学通信教育部教育学部卒業

職業・業種: 国際日本文化学園理事長、一二三日本語教室学校長、アンコール日本人会会長など

座右の銘: 生涯学べ

趣味: 外国語学習、読書

カンボジア歴: 1995年より在住

ウェブサイト: http://www.npokh.org   /   http://www.ijci.net

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